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【トンデモ】『日本の息吹』

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 すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。『日本の息吹』…なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。日本トンデモ会議の『日本の息吹』ブックレットによると「日本人の最大の強みは集団主義」(関岡 p.29)だったけど「日本人が個人主義へどんどん傾斜してゆき、その最大の強みであった集団への一体感と忠誠心を失」(同上 p.31)ってるらしい。もちろん「日本人=集団主義」説には根拠がない。「組織や企業社会が激変していくなかで、日本人の会社への忠誠心や帰属意識は急速に摩滅し」(同上 p.30)、「若者はそうした風潮を敏感に察知して、フリーターからニートへと、集団へ帰属することを忌避して『個』のなかに引きこもるようになってい」(同上 p.31)るとか個人主義は「我々日本人が長い歴史の中で培ってきた『和を以って貴しと為し』、『長幼の序を重んじ』、『弱きを助け、強きを挫く』という生き方、価値観とは根本的に相容れない」(同上 pp.33-34)とか「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムによって贖罪意識を刷り込まれ、日本国家=悪という意識が占領終了後も続いているのが、今日の日本に無国籍的な人間が増殖している背景」(同上 p.37)とかデムパ飛ばしすぎ。
 「学生の意識は、ここ3年くらいはそれまでの10年と比べて顕著に違ってきている」、「北朝鮮問題とか、小泉さんの靖國参拝、あるいは小林よしのりさんの漫画などの良書の発刊等々、複合的な要因でそういう変化が促されている」(中西 p.15)とのことで「“抵抗勢力”は『プチ・ナショナリズムだ』とかいって非難しましたが」「“抵抗勢力”が退場して、70年代以降生まれの世代が健全な国家意識を育むことに成功し、やがて社会の中核を占めるときがくれば、日本は劇的に変わる」(同上 p.16)らしい。はぁ…。インターネッツ黎明期の1997年に日本トンデモ会議設立、1998年にキバヤシよしのり氏の『戦争論』発売、1999年に「2ちゃんねる」設立、2001~2006年が小泉内閣インターネッツの普及に伴い潜在右翼(産経のようなもの)が「ネット右翼」として可視化されるようになり今に至る…。ここは酷いインターネッツですね
 『日本の息吹』の言説を検討した研究によると「日本の伝統のなかにある日本人は、『勤勉』『謙譲』『和を尊ぶ(=個よりも集団を優先する)』といった固有の性質をもっており、それはとても美しいものであるとされる」(平野 p.24)けど、日本トンデモ会議には、そんな人いません。GHQは「集団の和を尊ぶ日本人の美徳を否定し、個人の権利だけを尊重するような」「価値観にもとづく憲法を押しつけ」、「現在の多くのマスメディアやそこに登場する『知識人』は、この価値観に『洗脳』されているか、日本を破壊する悪しき目的をもって」「『戦後レジーム』を礼賛する傾向があるが、そのことに気付いているのは、『健全な常識』を維持する少数の人間だけ」(同上 p.25)…。健全は不健全であり、常識は非常識である。「自分たちを『目覚めている少数派』とみなす一方」「意見の異なる他者とのやりとりは、『攻撃』と『守り』、『洗脳』と『宣伝』といった言葉で表される」(同上 p.28)…「引用文中のGHQ共産主義の関係の『事実関係』やフランクフルト学派の定義などは、とうてい『保守』言論の外では通用しない怪しげなものである」(同上 p.30)…。あっ…(察し)。

 

引用文献
関岡英之(2007)『アメリカの言いなりでいいのか!?仕組まれた「構造改革」と汎アジア共同体構想 (日本の息吹ブックレット) 』明成社
中西輝政(2007)『激動する世界と日本再建の課題 (日本の息吹ブックレット) 』明成社
平野直子(2016)「保守言論における『日本』と『危機』――カテゴリの更新を拒む言説とその限界」岡本智周・丹治恭子編著『共生の社会学』太郎次郎社エディタス