
「暴力的な表現を含むメディアやビデオゲームは共感性を低下させ、暴力に対して示す身体的な抵抗力を弱くすることが判明している」(p.149)と述べる高橋史朗にとって常識は暴力である。「自由は重い責任を伴うものであり、選択の自由の増大する社会に生きる子供たちには、この自由の重み、責任の増大に耐えうる能力を身に付けることが求められている。子供たちは道徳的自由という真の自由に向かって鍛えられなければならないのである」(p.154)が、大人は責任を取らない。それを高橋史朗や八木秀次らが証明した。
「高橋史朗塾では、古事記と日本書紀について学ぶ『記紀研究会』(寺田恵子講師)を自宅マンションのミーティングルームで開催している」(p.142)。「私は毎朝2時に起床し、noteの原稿を書いて、5時50分に自宅を出て明治神宮を参拝後、6時25分から20分間、宝物殿前でラジオ体操を行った後に、代々木公園でジョギングする毎日を過ごしている」(p.143)。2時起きしぐさ。
「アマテラスの『死と再生』の原因となったスサノオとは、一体何を象徴しているのであろうか。また、アマテラスとスサノオの対照は何を表現しているのであろうか。ノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンは非平衡力学という分野を開拓し、自然界における物理化学的な現象として『混沌からの秩序』形成が存在し、『自律的秩序形成機能』があることを示した」…「『古事記』におけるアマテラスは、混沌から秩序を生み出すものとしての、あるいは『自己組織的』な存在としての『生命』そのものである」(p.144)…。
「第4期教育振興基本計画の教育方針として掲げられた『日本社会に根差したウェルビーイングの向上』についても、以上述べてきたような古事記と現代生命論という新たな視点からアプローチする必要があろう。この理論と実践の往還を深めることも、今日的課題といえる」(p.145)。そっ閉じ。