【トンデモ】中曽根しぐさ

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 「中曽根康弘氏は、『なれそで中曽根(首相になれそうでなれない)』といわれてきた」…「『憲法改正の歌』をつくったり、衆議院本会議で全文削除されるような演説を行うなど、特異な行動が、財界に眉をひそめさせる一因ともなっていた」(原・川辺 p.102)。1982年12月29日、「この日、誕生したばかりの中曽根首相を一通の文書をもって、訪ねた団体がある。『日本を守る会』という団体で、80年ごろ『たのしくまなぶ12のちかい』という、教育勅語を現代風になおした絵本を、全国の神社や町内会を通じて頒布したことがある団体である。事務局は神社本庁におかれ、修養団念法真教教団、生長の家など右翼的な宗教団体を核にしている」(同上 pp.102-103)。「82年12月29日に、彼らがもっていった文書は『中曽根内閣の発足を祝って 要望書』」…「政府におかれては、教育勅語に示されたようなわが国伝統の道義心、国家意識や国民の連帯感を高揚し、日本人としての自覚と国を守る気概を振起するよう」(同上 pp.103-104)云々…。あっ…(察し)。
 ジョン・コールマン・高橋史朗氏(300人委員会)…ではなく太田龍氏によると「ニセ(見せかけの)保守派政治家の代表が、『中曽根康弘』」…「中曽根は、戦後日本の右翼、民族派の主流、児玉誉士夫と切り離しては考えられない」…(アメリカは児玉を通じ)「反共右翼運動をコントロール下に置くことに成功した」(太田 p.137)とのこと。そして、高橋史朗氏のような太田龍氏は、「占領軍が、日本占領中、完璧な言論検閲を実施したこと」「については、江藤淳氏などの研究もある」(同上 p.198)…「ユダヤの対日マインド・コントロール」(同上 p.199)…「パール判事は、『日本無罪』」(同上 p.200)…「三百人委員会」(同上 p.242)…。そっ閉じ。

 

引用文献
原正彦・川辺正博(1984)『教育臨調』東研出版
太田龍(1994)『大前研一を斬る 「ユダヤの手先」「国賊」』泰流社